FAIとは
FAIとはFemoroacetabular impingementの頭文字をとったもので、日本語では大腿臼蓋インピンジメント(衝突)といいます。
股関節の痛みのうちオーバーユース(使いすぎ)などによる筋肉や腱の痛みを除くと、「関節そのものが原因」で起こる疾患があります。「関節そのものが原因」として起こる痛みとして注目されているのが、FAIです。
普通の骨との違い
股関節は太ももの骨の「骨頭」と骨盤の「臼蓋」で形成され、「臼蓋」というソケットにボール状の「骨頭」がおさまっています。
もっと関節を安定させるために臼蓋のまわりに軟骨があります。それを「関節唇」といいます。
FAIは骨頭か臼蓋のどちらか一方、もしくは両方の形態異常が原因で起こります。
FAIの3つのタイプ
- 「ピンサータイプ」:臼蓋側の形態異常
- 「カムタイプ」:太ももの骨側の形態異常
- 「混合タイプ」:2つを併せもった形態異常
の3つが存在します。
FAIの症状
- 股関節の前方の痛み
- 長時間座っていると、痛みが強くなる
- 車の乗り降りの時や足を組む時の瞬間的な痛み
- 股関節の可動域制限
- 痛みが強い例では、歩き方がおかしくなる
FAIの原因
「ピンサータイプ」は、臼蓋の屋根が大きいので関節唇が挟まれたり、臼蓋のへりと大腿骨頚部がぶつかることで軟骨が損傷します。
「カムタイプ」は大腿骨頚部が通常よりも大きく張り出しているために臼蓋と衝突して軟骨損傷が起こります。
FAIが進行すると
股関節を動かしたときに衝突を繰り返すことで、関節唇や軟骨に損傷が生じます。
将来的に変形性股関節症に移行する可能性があるといわれています。
FAIの検査
問診、関節可動域検査、インピンジメントを誘発するテストにてFAIが疑われるものは、病院でレントゲン撮影、3DCT、MRIなどが行われます。
FAIの治療
- 患部の安静
- 超音波療法
- ストレッチ
- 運動療法
- 徒手療法
- 動作訓練
股関節後方の柔軟性獲得
股関節後方の筋肉が硬くなっていることが多いため、ストレッチで柔軟性を改善します。
股関節の後方の筋肉が硬くなると硬くなった筋肉が骨頭を前に押し出してしまい、衝突を助長してしまいます。
そのため後方の筋肉のストレッチはとても大切です。
また、股関節の前方に瘢痕化した組織を触れることがあります。
股関節の前方に瘢痕化があると挟み込みの原因となるため徒手で瘢痕した部分を取り除きます。
(図;関節機能解剖学に基づく 整形外科運動療法ナビゲーションより引用)
動作訓練
FAIは軟骨や関節唇を傷つけ、将来的に変形性股関節症になる恐れがあります。
そのため股関節を深く曲げるような動作は避けなければなりません。
FAIは骨の形態異常が原因であるため、トレーニングや徒手療法で形態を元に戻すことはできません。
なるべく股関節に負担をかけない動作を獲得することが大切です。
FAI患者の特徴
FAIを持つ患者は、体幹部の安定性の低下や股関節周囲筋の筋出力の低下が見られます。
体幹部の安定性低下
- シングルレッグ・ホップテスト
- シングルレッグ・レイズテスト
- サイドプランクテスト
FAIをもつ患者は、この3つのテストにおいて劣っていることがわかりました。これらの結果は、体幹部の安定性低下を示唆しています。
股関節周囲筋の筋出力低下
症状のあるFAI患者は、特に次の股関節周囲筋の筋力が低下しています。
- 内転
- 外転
- 外旋
- 屈曲
このためFAIのリハビリテーションとして体幹部の安定性低下や股関節周囲筋の筋出力低下といった機能障害を改善することが必要となります。
FAIをはじめとする股関節のスポーツ障害のリハビリテーションにおいて回旋動作および方向転換動作を徐々にレベルアップさせスポーツ動作に近づけていくことが重要となります。
まずは片脚で立てるかどうか、片脚でスクワット動作ができるかどうか。片脚でスタンスがとれるようになったら、多方向のランジ(Multi-plane Lunge)に進みどの方向においてもスタンスがとれるように練習します。
次は大腿骨の上で骨盤を回旋する練習に進みます。片脚立ちでのヒップローテーション(Single-leg Hip-rotation)です。股関節の安定性と可動性が求められます。
その後はスプリットスタンスでのプッシュ・プルやメディシンボール・ローテーショナルスローを行い、骨盤帯と胸郭の分離運動を練習します。
保存療法
リハビリテーション初期
目的・目標
- 痛みのコントロール
痛みのレベルを2/10まで減少させる。 - 筋肉や腱の機能回復
低負荷のローディング・アンローディングを問題なく行える。
対象となる部位
- 体幹部
・サイドプランク - 損傷部位以外のエクササイズ
・プローン・ヒップ・インターナル・ローテーション
・プローン・ヒップ・エクスターナル・ローテーション
・スライディング・ハムストリングスカール
・クラムシェル
筋肉や腱に対するアプローチ
- 股関節周囲筋を促通(アクティベーション)する。
- 内転・外転・屈曲・伸展・外旋を重点的に行う。
※特に内転筋は性別・股関節の病変によらず重要 - 行うエクササイズ
・アイソメトリック・ヒップ・アダクション
・サイドライイング・ヒップ・アダクション
・ブリッジ・ヒップ・アダクション
神経筋・固有受容感覚トレーニング
- 片脚支持・姿勢支持能力向上
- 行うエクササイズ
・片脚バランス
・デッドリフトスタンス・リアクション・ボール・トス
・バランスビーム・キャッチボール
股関節機能の改善
- ローディングポジションへのアプローチ
片脚スクワットでの疼痛軽減(2/10まで疼痛軽減) - 行うエクササイズ
・部分的なスクワット
・部分的なフォワードランジ
・ステップアップ
積極的に行う運動
- サイクリング
- エレプティカル(クロストレーナー)
- 水中歩行
注意点
- インピンジ(関節がぶつかる)ポジションを避ける。痛みの出る動作は避ける。インピンジを繰り返すことで筋肉や腱の修復が遅れる。
- 反動をつけた動作は控える。
リハビリテーション中期
目的・目標
- ランニング、減速、加速、方向転換の際に痛み、違和感、恐怖感がなくなる。
- 損傷した部位にストレスが加わっても痛みがない。
- 股関節への軸圧、衝撃、回旋が連続して加わる運動を開始する。
対象となる部位
- 股関節のさらなる機能向上
・スタンディング・ヒップ・インターナルローテーション
・スタンディング・ヒップ・エクスターナルローテーション
・フィジオボール・ハムストリングス・カール
・クラム・シェル
・デッドリフト - 競技特性動作に向けての基礎を作る。
・TNTスタンディング・プランター・フレクション
・TNTシーテッド・プランター・フレクション - 体幹部のさらなる安定化に向けて強度を上げる。
・サイドプランク・ヒップ・アブダクション
筋肉や腱に対するアプローチ
- ストレングスに焦点を当て、負荷を増加させる。
- 行うエクササイズ
・初期のエクササイズにコペンハーゲン・アダクションを追加。
神経筋・固有受容感覚トレーニング
- 片脚支持・姿勢支持能力のさらなる向上
- 行うエクササイズ
・片脚バランス
・バランスビーム・キャッチボール
・片脚立ちサークルキャッチ
・スクワット・リアクション・タッチ
・片脚立ちコーディネーション
股関節機能の改善
- アンローディングへの段階的にアプローチ
- 横方向や回旋方向の運動も開始する。
- 行うエクササイズ
・多方向ランジ
・ステップアップ
・片脚スクワット
・ディセレレーション(減速)ランジ
・片脚バウンス
・オルタネーティング・バウンス
・ボックスドロップ・スティック
リハビリテーション後期(競技復帰準備期間)
目的・目標
- 競技特性動作・競技トレーニングをより活発に進める
- 競技復帰に対して恐怖感なし
- 股関節の筋出力が受傷前の90%以上
- 体幹部の安定性健側の90%以上
- 筋出力、ホップテスト、アジリティテストが受傷前の90%以上
- 制限なしの競技トレーニングを痛みなく2週間続けられる
対象となる部位
- 体幹部はさらに安定性が必要
・サイドプランク・ヒップアブダクション
・フロントプランク・ヒップエクステンション - 股関節は競技特性動作に応じてより強度を高める
・スタンディング・ヒップインターナルローテーション
・スタンディング・ヒップインターナルローテーション
・アシステッド・ノルディック・ハムストリングエクササイズ
・TNTスタンディング・プランター・フレクション
・TNTシーテッド・プランター・フレクション
・ウォール・トリプルエクステンション
筋肉や腱に対するアプローチ
- ストレングス(筋出力)とパワー(仕事率)の向上
- 行うエクササイズ
・アイソメトリック・ヒップ・アダクション
・スタンディング・ヒップ・アダクション
・ブリッジ・ヒップ・アダクション
・コペンハーゲン・アダクション
神経筋・固有受容感覚トレーニング
- 動的安定性の向上
- 行うエクササイズ
・片脚バランス
・バランスビーム・キャッチボール
・片脚立ちサークルキャッチ
股関節機能の改善
- 股関節の最終可動域に達する動作や反動を伴う動作
- ジャンプエクササイズ
・ターゲット・ホップ
・ラテラル・バウンス
・メディシンボール・ローテーショナルスロー - ストレングスエクササイズ
・スプリットスタンス・プッシュプル
・スクワット
・ランジ
・デッドリフト
注意点
- 急激な練習量の増加